てんかんは、犬さんの神経学的症状の中でも最も多くみられる病態です。突然の発作に驚く飼い主さんも多いのですが、適切な診断と治療により、良好な生活の質(QOL)を保つことが可能です。
本ブログでは、疫学・原因から治療・予後まで、エビデンスに基づき詳しく解説します。
【監修】中津 院長
【担当科目】総合診療科・神経科・腫瘍科
目次
1. 疫学:
- 特発性てんかん好発犬種
- 遺伝性てんかん: 3 犬種,3 遺伝子のみ
- ラゴット・ロマ ニョーロの LGI2 変異
- ベルジアン・シェパードにお ける ADAM23 変異
- ローデシアン・リッジ バックの DIRAS1 変異
- 遺伝性を疑われている犬種:ゴールデン・レトリーバー、ラブラドー ル・レトリーバー、シェットランド・シープドッグ,、スタンダードプードル、ボーダー・コリー、キャバリア・キング・ チャールズ・スパニエル、ダルメシアン、バーニーズ・ マウンテンドッグ、ビーグル、ダックスフン、,ハスキーなどが含まれます→参考文献③
- 遺伝性てんかん: 3 犬種,3 遺伝子のみ
2.てんかんの定義
獣医学においてもてんかんの定義は人と同じ であり、国際抗てんかん連盟(ILAE) による提言では
「24 時間以上あけて少なくとも 2 回以上の非誘発性てんかん発作が生じる病態」
と一般的に認識されています。
3.原因分類:
国際獣医てんかんタスクフォース(IVETF)は、てんかんを以下のように分類しています(Berendt et al., 2015):
病因分類 | 説明 | 原因例 |
特発性てんかん | 明確な脳内病変なし(遺伝要因などが疑われている) | 若齢発症、家族歴あり |
構造的/症候性てんかん | 脳に器質的病変あり | 脳腫瘍、炎症、外傷など |
潜因性てんかん | 原因不明 | 細胞レベルでの異常、現在の獣医療では明らかにできない病因など |
反応性発作(非てんかん) | 脳以外の一時的な異常による発作 | 低血糖、中毒、肝性脳症など |
- 犬さんでは特発性てんかんが多く(69%),構造的てん かんは少ない(31%)
- 31%の構造的てんかんの内訳は、脳炎11%、脳腫瘍9%、脳奇形4%、脳血管障害3%、未分類4%となります。
4. 発作型分類:発作ってどんなもの?
発作は大脳の異常な興奮により引き起こされる神経活動で、症状の特徴によって発作型が分類されます。
主な発作型(IVETF分類より):
- 焦点発作:脳の一部分が異常興奮することで発作が起こる=症状も部分的。発作を起こす場所を発作焦点と言う。臨床症状としては以下のものが挙げられる。
- 意識レベルが変化
- 行動の変化(怖がったり、無意味な徘徊など)
- 不随意運動(顔や口の痙攣、意思とは無関係の手足の動きなど)
- 自律神経症状(流涎、悪心、嘔吐、失禁、脱糞など)
- 全般性発作:大脳全体が異常興奮を起こす。通常は全身がけいれんし、意識も無い。通常は数秒から数分で自然と治まる。焦点発作の症状も付随する。
- 強直性発作:全身の筋肉が硬直する
- 間代性発作:手足をばたつかせるような動きを見せる。
- 脱力発作:突然全身の力が抜ける
- 欠神発作:意識障害を起こし見た目に分かりにくい
- ミオクローヌス発作:雷を受けたようなびくっとする一瞬の筋収縮を起こす
以下の発作は緊急性が高いため、すぐに動物病院での対処が必要です。
-
群発発作:1日に複数回の発作症状が認められる。
-
てんかん重積:発作症状が5分以上継続する、または意識が回復することなく2回以上発作が起こる。
5. 診断:てんかんと診断するまでのプロセス
IVETFでは、特発性てんかんの診断において以下の内容が推奨されており、検査の内容に応じて信頼レベル(Tier Ⅰ~Ⅲ)に分類されます。
-
症状の詳細(様子、継続時間など)を確認
→ 飼い主の動画記録が極めて有用 - 身体検査・神経学的検査
→ 全身の状態と、神経学的検査にて異常の有無を確認 -
血液検査・尿検査・超音波検査
→ 代謝性・中毒性要因の除外 -
MRI・脳脊髄液検査
→ 腫瘍や炎症、血管障害性疾患の除外
特発性てんかんの診断には「反復性の発作+正常な神経学的検査+正常なMRI/CSF検査」が必要条件とされます(Berendt et al., 2015)
結果、てんかんには『原因分類』と『発作型分類』の2軸があるため、この子は『全般発作の特発性てんかん』や『焦点性発作の構造的てんかん』と言う診断となります
6. 治療:発作をコントロールする抗てんかん薬(IVETF/ACVIMのガイドラインを踏まえて)
てんかんを治療する意義
- てんかん発作を繰り返したり、長時間継続することで脳の障害が起こることを防ぐため
- てんかんの重篤化、難治化を防ぐため
- 動物さんのQOLの維持向上
てんかん治療の目標
人のてんかんの治療目標は発作ゼロ、副作用ゼロ、不安ゼロ。となっており獣医療でも上記が最も理想的であるものの、実際には難しいことも多いです。段階に分けて目標設定することが重要です。
●1次目標:発作が起こらない、あるいは発作が起こってない期間が治療開始前の3倍より多い状態で、かつ最低でも3か月に1度の発作頻度に減少させること
●2次目標:1次目標には届いてないものの部分的に治療が奏功している。例えば50%以上の発作頻度の減少、発作の重症度が減少する、重責発作や群発発作のような重度の発作頻度が減少する。など
治療開始時期
IVETFとACVIMはてんかんの治療介入(抗てんかん薬の開始)について以下の指針を提言している
- 6か月に2回以上のてんかん発作があるとき
- てんかん発作重積あるいは群発発作の場合
- 発作後徴候が特に重篤あるいは24時間以上続く場合
- 発作頻度、持続時間、発作強度が3回の発作の中で悪化してきている場合(例:発作の間隔がだんだん狭まってきた、もしくは時間が長くなった、症状がひどくなったなど)
- 構造的てんかんが明らかな場合(例:脳腫瘍や脳炎、水頭症などがMRI、脳脊髄液で見つかった)
治療薬について
動物さんに使用できる抗てんかん薬は複数あるものの、人間ほど多くありません。一例を以下に挙げます。
- フェノバルビタール:古くからある抗てんかん薬です。単剤での効果が高いとされており、肝障害など様々な副作用が報告されているものの、血中濃度をしっかり管理することで防ぐことが可能です。
- ゾニサミド:日本で作られた抗てんかん薬です。副作用が比較的少ないとされます。
- レベチラセタム:血中濃度が短期間で安定しますが、1日3回の服用が推奨されます。長く服用することで治療効果が下がることがあります。
- 臭化カリウム:塩の様な内服で、血中濃度が安定するまでにか月数か月(3か月程度)かかります。食事内によって血中濃度が変化するため、食事の管理も重要です。
- イメピトイン:ヨーロッパを中心に使用されている薬で、近年日本でも販売が開始されました。
発作管理における薬の優先度
※獣医師の判断で動物さんによって変更されることがあります。
ファーストライン(第1選択薬):
- フェノバルビタール
- ゾニサミド
- イメピトイン
セカンドライン:(第2選択薬)
- 臭化カリウム
- レベチラセタム
サードドライン:(第3選択薬)
- ガバペンチン/プレガバリン
7. 発作の予防・誘因の回避
てんかんの根本的な「予防」は難しいものの、誘因のコントロールが重要です。
誘因を疑う例:
-
強いストレス(来客、引っ越し、大音量など)
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食事の空腹や過剰な疲労
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ホルモン変化(ヒート、妊娠)
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ワクチンや発熱などの免疫刺激
発作日記をつけておくことで、誘因特定や薬剤調整の重要な手がかりになります。
最後に:てんかんは「治る病気」ではなく「つき合う病気」
てんかんは慢性疾患です。しかし、治療介入と飼い主の理解があれば、犬さんは高いQOLを維持して生活することができます。
発作が起きても「慌てない」「記録する」「動物病院と連携を取る」ことが、何よりの支えです。
ペットの暮らしと、飼い主さんの安心を守るために。私たち獣医師はその伴走者でありたいと願っています。
セカンドオピニオン設置
神経症状に対して迅速な対応を行います。
必要な検査として神経学的検査(反応・歩様など)、血液検査、CT(脳構造評価)、(理想的には)脳波検査、CSF(髄液)検査、MRI検査を実施して、原因を特定し適切な治療を行います。
特に「けいれん」「発作」「失神」などのケースでは、的確な診断が非常に重要です。
また、専門診療の神経科(中津 央貴獣医師)を設けているため、セカンドオピニオン、さらには繰り返すけいれん発作など、治りが悪い症状の受け入れを行っております。
横浜市から川崎・大和エリアまで、地域の皆さまの“かかりつけ”として、安心の獣医療をお届けします。